今までは、どちらかというとすでに「乗り越えた」感じのする方々の本をご紹介しましたが、今回は「今、まさに乗り越えているところのようで、まだのようで」という印象の方の本のご紹介です。「乗り越えているのかどうなのかわからない」というのは、率直に著者が「今」を実況してくれているからで、それもまた「乗り越えた」ということとひけをとらないくらいに「強い」ことだと思います。
著者は進研ゼミで小論文編集長として高校生の「考える力・書く力」に尽力し、独立した方。「まるで鉛筆のように、その身を削って教える先生がいる」と糸井重里氏が絶賛されています。深く物事を見て、考え、心を研ぎ澄まして書く文章には、「表現する責任」を認識し、引き受けるという潔さのようなものを感じました。「人はこうも、正直に自分を表現し、それでもなお美しく在ることができるのだろうか」と思わずにはいられません。小論文というジャンルが「きっちりと書く」ものであるだけに、痛いくらいです。
「文章を書く」技術も素晴らしいですが、その前提である「考える力」に、著者の魅力があると思います。孤独に向き合い、本当の言葉を探していく。生きていくこと、仕事をしていくことに、その人の「人間としての魅力」がいかに大切かということを身にしみて感じてしまいます。
題の「17歳は2回くる」という意味は、著者自身が社会人になって17年目に、「自分は何ものか?」と「ゆらゆら」したことからだそうです。まさに「社会人の思春期」。このレビューを読んでくださる方の中にも、「ゆらゆら」している方がいらっしゃるかも知れません。この本は「では会社を辞めたらどんな気持ちになるのか」ということを、誠実に、丁寧に教えてくれます。読んだ方々は「よし!私も新しい人生を!」と思う側と「このままでもいいかも・・・」と思う側に分かれるのでは。どちらかというと、「楽しそうだ」とか「夢を生きているな」とか、そういうイメージは湧きにくい内容です。でも、だからこそこの本を読む意味があると思います。
多くの人は、常に課題があり、それに挑んでいるのではないでしょうか。この本から、私は「課題に真摯に向き合い、きちんと考えると希望を見出すことができる」というメッセージを感じます。そして、何かをつかんで立ち上がる著者を応援しているうちに、自分の「見ないようにしていた傷」がいつのまにか癒されていくような気持ちになりました。