ときどき電車の中で、お年寄りの方や立っているのがつらそうな方に、近くに座っていた方が席を譲る光景を目にします。席を譲るというのは、少し気恥ずかしいことだからでしょうか、無表情に席を立つ方がいます。譲られた方も、たぶんその譲った方のお気持ちを理解し感謝なさっているでしょう。しかし、お礼を言うことができなく少し寂しげだったり、「本当にそこに座ってもいいのだろうか」というとまどいの表情が見えたりします。もちろん「譲る」という実質的な行為自体、素晴らしいことです。ただ、「どうぞ」など一言でも暖かい言葉や笑顔があったら、お互いにもっと良い出来事になっただろうに、と思っていました。
とはいっても、人によって自分を表現する際の美学、技術、エネルギーは違います。この「席を譲る」という行為について一体どう考えたらいいのか、それとも考えなくていいのか。今回は、私のそんな疑問にヒントを与えてくれた一冊をご紹介します。パフォーマンス学の第一人者佐藤綾子さんにだからこそ、書いていただきたかった内容です。
佐藤さんは、今の社会の問題の根源は、個人の善性や他者への愛情や優しさからなるパフォーマンス以外のものも、まかりとおっているからではないか、それは目には見えないものの一つ「思いやり」を見失ってしまったからではないか、と思ったそうです。
人は、人と関わって生きていくのですから、EQ(感性指数)とPQ(自己表現指数)から成る「思いやりスキル」は、どうしても必要ということになります。
先ほどの「席を譲る」という行為を「思いやりスキル」として私なりに考えると「相手の立場、気持ちを思いやる気持ち、推し量る気持ち」と、それが「どれだけ相手に(負担なく)表現されているか」を、自分本位ではなく、ある意味客観的に見ることは、やはり大切だと感じました。
人の心は目には見えないものですが、どれほど大事なものかは、現代に「うつ」の人々が増えてきていることによって周知の事実です。佐藤さんは「うつ予防の思いやり」、「うつのアフターケアの思いやり」があれば、たくさんの「うつ」の人々が救われるのではないか、とも述べられています。
「今後は教育も文化の芸術も、そして経済行為さえも思いやりなしにはもはや真っ当な発展はない」という強いメッセージ、深い考察に溢れた見解も数多く記されてあります。パフォーマンスの真の意味が腑に落ち、自分の生き方を見直すきっかけになりました。