「わたしの中でなにかが、まだそんなに小さかったにもかかわらず、人は一人で生まれ死んでいくものだから、一人でいること― 孤独 ―とどうつきあうか学んでおくほうがいいと囁いたのに違いない」 この本は「おばちゃまシリーズ」で大人気のアメリカの作家、ドロシー・ギルマンが、離婚後、下の子どもが大学入学のために家を出てから、カナダの南東端に位置するノヴァスコシア州の小さな漁村に一人で移り住み、新しい環境で考察をめぐらして書いたエッセイ集です。
「おばちゃまシリーズ」とは、「おばちゃまは飛び入りスパイ」からはじまるスパイもの。夫に先立たれ、子どもは巣立ち、人生に退屈した婦人が、経験もないのにCIAに「スパイに応募したいのです」と乗り込んでいくところから始まります。それまで「おばちゃま」というだけあって、普段はボランティア活動が主の生活でした。しかし子どもの頃、スパイになりたかったことを思い出し、その夢を実現させてしまうのです。コメディのスパイものと考えていいと思いますが、その時代の背景も踏まえてあり、また、人生の真理がきらりと光る、味わい深いシリーズです。
この本はエッセイだけあって、そのシリーズより、ユーモアも思索も、極めて鋭いものになっています。漁村での生活、自尊心、孤独、自由、プライバシー、時間、女性のアイデンティティ、内省。作家として自宅で仕事をする一人暮らしの彼女が、体験に基づいた考察をめぐらしていくうちに、何かを発見したり、解決したり、希望を見つけたりするところに勇気づけられます。
その中でも、私は以下の内容が、「おばちゃまシリーズ」の根底の思想なのではないかと感じました。 わたしは人生の半分を、審判の日というものがあるといういびつな信念を抱いて過ごした人間である。(中略)この最後の面談のとき、神は大きな質問をなさる。(中略)「よろしい、愛する子よ。だが、わたしがあなたに才能を授けたときには、夫も子どももいなかったではないか。彼らはあなたが選んだもの。ゆえに、いまわたしが聞いていることとはまったく関係がない。わたしの問いは、わたしが授けた才能はどうなったか、ということだ。わたしは心と同じくあなたに頭脳を与えた。喜ぶ能力、尊厳と知識欲、特別にあなたに与えた個性、一人の人間として成長し、さらに大きくなる能力、これらはどうなったかと聞いているのだ」
自分を見つめなおし、才能や力を注げることを発見したり、成長したりしてみたくなる一冊です。