岩里祐穂さんは、私の憧れの作詞家です。彼女の代表作である「PIECE OF MY WISH」や「瞳がほほえむから」は、今でも私の大好きな歌。当時、「岩里さんはどんな人なのだろう」と思ったものの、「憧れの人は、憧れのままで」という気持ちがあり、特に知ろうとはしていませんでした。ですが先日、本屋さんで偶然、エッセイと写真がつまったこの本を見つけました。ふんわりしていて優しい感じの表紙の写真と、ほっとするタイトルに、「もしかして私が思っている以上に素敵な方かもしれない」と心躍りました。
アートディレクターの佐藤可士和氏が、「佐藤可士和の超整理術(日本経済新聞出版社)」で仕事のやり方や価値観を述べているように、「片づける」ということは、仕事を含め生き方全般に影響を及ぼすもののようです。どうしたら岩里さんのように言葉を綴ることができるのか。それは、10年以上も、考えれば考えるほど幸せな気持ちになれる、私の課題でした。シンプルでありながら、大事なことがきちんと伝わってくる優しくも研ぎ澄まされた文章。「岩里さんの心に響く言葉は、気持ちよい生活からでてくるのでは」、という確信はページをめくるたびに強くなりました。
「好きな人と暮らすように、好きなものたちと暮らしたい」というのが岩里さんの想い。それは、実は人々の共通の想いなのかもしれません。好きなものがたくさん必要だったり少なくてもよかったり、新しいものが嬉しかったりアンティークなものの方が落ち着いたり、というような違いはあるとしても。岩里さんのその言葉は、日々に流されてなんとなく忘れてしまっていた、「暮らし」へのしぜんで幸せな気持ちを、思い起こさせてくれたような気がしました。試行錯誤したり、「静かな闘い」をしたり、泣いたりした過程を経て得た岩里さんの「暮らし」。現在の、古い民家を改築した家は、豪華さや見栄えよりも、心地よさが大事にされていて、たおやかで温かくて静かな幸福感が伝わってくる岩里さんの詞の世界と、とても似ています。
この本の「果てしなさの意味」というエッセイに「しあわせは、きっと、完成しないのだ。その、未完であることが、あしたをつれてくるのかもしれない。」とありました。昨日と今日が、そんなに変わらない日が多いかもしれません。でも、少しずつしあわせを形にして、また次のしあわせを描き続ければ、いつのまにかたくさんの好きなものに囲まれ、しっくりとした生活になっていくような気がしました。あせらなくていいのだ、無理にがんばらなくていいのだ、と気持ちが楽になり、等身大で生きていく勇気が湧いてきました。