「小よく大を制す」「筋力より精妙さや感受性が大事」と言われる「古武術」。スポーツや介護にまで応用され、注目を浴びているのは、生まれつきの身体の制限を越えて、「自分を生かす」ことができるからでしょう。
著者は時代小説家の多田容子さん。剣豪小説を書いているうちに、柳生新陰流を習い、手裏剣術に熱中してしまったそうです。この本には、1995年に古武術界のカリスマ甲野善紀先生の関西稽古会で、体術研究家の辻本光男氏と出会い、手裏剣術を習熟していく日々の中での、さまざまな効果ある指導法、考え方、気づきが書いてあります。 たとえば ・ムキになったら、一休み ・言い方は優しく、内容は厳しく ・他の様々な願望も、自分にとってふさわしい望みを見出したとき、叶うのかもしれない。これがズレていると、結果が逆に転ぶのではないか。剣術でも、相手に勝とうとすると、勝てないという理がよくいわれる など。 古武術というと、厳しくストイックな感じがしますが、耐える、我慢する、というよりも、精妙に感覚を研ぎ澄ますことが大事なようです。多田さんの見解もさっぱりとしていて、おしつけがましいところがなく、楽しい気持ちで読むことができます。
「常に、目から鱗をはがし続けられるような経験や稽古をしよう。はがれたら、次の鱗を付けず、素直な目でものを見、感じてみよう。偉いとか、物知りだと言われるより、気持ちがあらたまる快感を知ろう」というメッセージが爽やかだな、と思いました。根性や忍耐には、やはり心身ともに負担がかかります。でも、多田さんの紹介してくださった古武術は、そうではありませんでした。私も常々思うのですが、我慢して強引に何かをやる、ということは、自然な生生発展ではないような気がします。日本人の特性である、些細な変化を見分ける能力を生かしたほうが、どんなに効果的かと思うのです。自分ではない誰かのようになりたいと無理なことをするのではなく、自分の本来の特性を生かすというほうが、心身に心地よく幸せなのかもしれません。