物語の楽しみは、ここではないどこか世界の、
自分ではない誰かの生き方を見つめ、
その心の中をのぞけることにあると思っています。
それが極上の物語である場合には、
主人公の心に寄り添い、ともに物語世界を旅し、
その成長を自分のものとすることさえできるのです。
今回は、そんな“物語の楽しみ”を堪能させてくれる
あさのあつこさんの『バッテリー』全6巻をご紹介します。
主人公の原田巧は、
並はずれた速球を投げる天才的なピッチャー。
物語は、中学入学を目前に控えた春休み、
巧が岡山県新田市という地方都市に引っ越し、
その球威にほれこんだ永倉豪という少年と出会い、
バッテリーを組むところから始まります。
二人が出会った早春から、再び春を迎えるまで。
作者は、まっすぐに野球と向き合う少年たちの一年間を、
6巻にわたって丹念に描いています。
……と書くと、よくあるスポ根もの、
もしくは美しい友情物語だと思われそうですが、
「ちがいます!」と言わせていただきます。
何が違うって、まずもって主人公が違うのです。
プライドが高く、野球以外のことには無関心。
自分の才能に絶大的な自信を持っていて、
「子ども」という枠で括られることに苛立ちを覚える13歳。
ひと言で言うなら、傲慢で鼻持ちならない少年です。
そんな孤高の天才が、野球というチームスポーツの中で、
どのように自分を貫いてゆくのか。
抗い、拒み、時に大切なものを傷つけながら、
どのように人間関係を築いてゆくのか。
読み始めると、原田巧から目が離せなくなります。
ひたむきに生きることの美しさと切なさが胸に迫る、
深くて熱い物語――。
子どもはもちろん、大人にもぜひ読んでいただきたい、
春、はじまりの季節にふさわしい名作です。
※『バッテリー』は現在、文庫版が角川文庫から
発売されています(5巻まで)。
最終巻(6巻)は、4月5日発売予定です。
※角川文庫版 I:514円・II:552円・III:514円・IV:476円・V:476円(税込)