森下裕美さんをご存知ですか?
ゴマフアザラシのゴマちゃんが登場する『少年アシベ』や、
高校教師のダンナと不思議テイストな奥さんの日常を描いた
『ここだけの二人』などで知られる漫画家です。
かわいらしくてちょっと笑える作品で人気の森下さんですが、
今回ご紹介する『大阪ハムレット』はひと味もふた味もちがいます。
舞台は大阪。登場するのは、ヤンキーの高校生だったり、
おじさんみたいな中学生だったり、ハデハデのおばちゃんだったり……。
パラパラめくって「買おう!」と思えるような、
かわいい絵柄では決してありません(実は、私も少し迷いました)。
――しかし、しかし、です。
人が見かけではないように、漫画もまた絵柄ではないのです……たぶん。
この『大阪ハムレット』は、心の奥の、そのまた奥にジンジン響く、
宝石のような物語がぎっしり詰まった珠玉の短編集なのです。
たとえば『乙女の祈り』というお話はこんな感じです。
主人公は、松田君という小学四年生の男の子。
ある日、松田君は学級会の時間にいきなりこう宣言します。
「ボク 女のコになりたいと思てます
ボク 真剣やから 変にからこうたりせんとって下さい」
自分の思いをまっすぐに伝えた松田君を、
担任の先生やクラスメイトたちは驚きながらも素直に受け入れます。
そして、学校祭の出し物『シンデレラ』の主役に抜擢するのです。
実は松田君は、お洒落が大好きなおばさんを亡くしたばかりでした。
大切な人を失った松田君は考えます。「死んだらしまいやん」と。
松田君の「女のコになる」宣言の裏には、そんな思いがあったのです。
もちろん、松田君の思いを理解してくれる人ばかりではありません。
意地悪な上級生からは嫌がらせを受け、集まった父兄には笑われ、
さすがの松田君も「アカン」と挫折しそうになります。
が、クラスメイトたちの励ましで、何とか舞台をやり遂げるのです。
その帰り道、松田君はまた上級生につかまってしまいます。危うし、松田君!
ところが、そこに現われたいかにも悪そうなボスが言うのです。
「こいつカッコエエやん ほっといたれや!」と。
正直に言います。涙がビョッ!と噴き出しました。
重くなりがちな素材をサラリと読ませ、
しかも温かい気持ちにさせてくれるのは、まさに大阪弁のチカラ。
「まあ、お母ちゃんが幸せやったら それでええんちゃうか?」
「子供は毎日 幸せにしたらな アカンのに」
「自分の弱さ謝って済ますな! 誰のためでもないで 自分のためにや」
こんなズン!とくるセリフが、そこここに散りばめられています。
「たかがマンガ」と侮るなかれ、『大阪ハムレット』のクオリティの高さは
「第10回文化庁メディア芸術祭優秀賞」、
「第11回手塚治虫文化賞 短編賞」などの受賞で実証済み。
アツアツのたこ焼き(しかも、もれなく大ダコ入り!)のような、
心の芯から温めてくれる名作です。冬の夜長に、ぜひ!