美しい物語を読みたくなることはありませんか?
基本的には、夏の甲子園のような直球勝負の熱い物語が好みですが、
ときどきその反動のように、
淡い水彩画のような美しい物語を読みたくなることがあります。
今回ご紹介する『そのぬくもりはきえない』は、
まさにそんな一冊です。
何が美しいって、まずもって本そのものが美しい!!
表紙は、「クロニクル千古の闇」シリーズと同じ、
酒井駒子さんのイラストです。
女の子が犬にそっと寄り添う、やわらかな絵にまず惹かれました。
やさしくて、ちょっと切ない物語の香りがします。
主人公は、羽村波(はむら・なみ)。
ブティックを経営する母親と名門市立中学に通う兄と暮らす、
小学4年生の女の子です。
物語は、波が隣の席の女の子の机の中に、
カマキリの死骸を入れるところからはじまります。
意地悪ではありません。イタズラでもありません。
波はただ、庭でひっそりと死んでいたカマキリのことを
誰かに伝えたかっただけだったのです。
けれど、それを伝える言葉を波は持っていません。
先生に「どうしてこんなことをしたの?」と聞かれても、
ただ首を傾げるしかありませんでした。
――思いはあるけど、どう言えばいいのかわからない。
誰もが一度は経験したことのある切なくてもどかしい日々を、
岩瀬成子さんは淡々と、けれど丁寧に描いています。
波は母親にすすめられるまま、ソフトボールをし、
絵画教室に通い、中学受験のための進学塾にも通います。
もちろん、本意ではありません。
「あなたの将来のためよ」と畳み掛けてくる母親に、
言いたいことを言えないまま、波は日々を過ごしていたのです。
そんなある日、波は小さな出会いを経験します。
きっかけは、近所の一人暮らしのおばあさんが飼っている、
犬の散歩の手伝いをはじめたことでした。
「幽霊が出る」という噂のあるその家の二階で、
波は朝夫という不思議な少年と出会います。
違う世界に住んでいることを素直に受け入れたまま、
次第に心を通わせてゆく二人。
紙飛行機を飛ばしたり、線香花火をしたり、ピアノを弾いたり……。
朝夫と楽しい時間を過ごすうちに、波は変わりはじめます。
少しずつ自信が芽生え、自分の考えで行動するようになります。
ついには朝夫を部屋から連れ出し、二人きりで水族館に行くという、
それまでの波には考えられなかったようなことまでしてしまうのです。
――やがて訪れる別れの時。朝夫は突然、消えてしまいます。
けれどそれは悲しい別れではなく、未来につながる別れでした。
「がんばれよ」と朝夫が書き残したノートに、
「わたしは元気です」と波が書き込むシーンが印象的です。
読み終えた後の、心地よさはピカイチ!
表紙の絵の美しさが、物語の余韻をいっそう際立たせてくれます。
静けさと切なさと温もりをはらんだ、春の黄昏のような物語です。