陽だまりでまったりと日向ぼっこをしていたり、
縁側でのんびり毛づくろいをしていたり。
猫には人の心をふんわりさせる、静かで穏かなイメージがあります。
が、しかし、今回ご紹介する『猫の帰還』に登場する猫はちょっと、
……いや、大いに違います!
舞台は、第二次世界大戦中のイギリス。
主人公は、黒猫のロード・ゴート(いかつい名前ですが、雌猫です)。
物語は、ロード・ゴートが疎開先の田舎町ベミンスターから、
愛しい主人・ジェフリーを求めて旅に出るところからはじまります。
実はジェフリーは、イギリス空軍のパイロット。
しかも、毎日のようにドイツ軍の爆撃機が飛来する戦時下とあっては、
すんなり再会できるわけがありません。
任務のために転々と居場所を変えるジェフリーを追って、
ロード・ゴートはさまざまな人に出会いながら旅を続けます。
軍隊に入れなかったことで、誇りを失いかけていた青年。
愛する人もなく、軍隊を自分の居場所と決めて生きる軍曹。
住みなれた家や街を空襲で失い、途方に暮れる老いた農夫。
戦争で夫を亡くし、生きる気力を失った未亡人。
黒猫を幸運の使者と固く信じて出撃する若い兵士。
いずれも、戦争によって背負わされた痛みを抱えて生きる人ばかりです。
彼らは、不意に目の前に現われたロード・ゴートを受け入れます。
受け入れたことで、小さな奇跡を体験します。
青年は自信を取り戻し、軍曹はつかの間の愛を知り、
老人たちは新天地を手に入れ、未亡人は生きる気力を取り戻し、
若い兵士は窮地に陥りながらも本国への生還を果たすのです。
面白いのは、これらの奇跡をロード・ゴートが望んだわけでも、
意図的に起こしたわけでもないということ。
たとえそれがその人の人生を変えるような出来事であったとしても、
ロード・ゴートは、その時その時を猫の本能に従って行動しただけ、
あるいは、たまたまそこに居合わせただけだったのです。
それを裏付けるかのように、どんなに居心地のいい場所を得ても
主人の気配を感じた瞬間、ロード・ゴートは何の未練もなく歩き出します。
――人生を変えるのは、自分自身。
そこに、作者ロバート・ウェストールの凛とした姿勢が感じられます。
全編に渡って戦時下のイギリスの厳しい生活が描かれていますが、
印象に残るのは、その悲惨さや過酷さよりもむしろ、
戦火を潜り抜けて生きてゆこうとする人々のたくましさと、
そんな状況にあっても猫に惜しみない愛情を注ぐイギリス人気質です。
おかげでロード・ゴートは、過酷な旅にもかかわらず、
2度も妊娠し、2度とも無事出産しています。
イギリス南西部の町ベミンスターからバート・リンクス、ヘッドコーン、
クルー、コヴェントリー、オーカム、リンカーンとイギリス中を旅し、
しまいには戦闘機でフランスまで渡ってしまうロード・ゴート。
彼女が無事、愛しい主人ジェフリーと再会できるかどうかは、
読んでからのお楽しみ!
豊潤な香りとほろ苦い余韻がいつまでも心に残る、
極上のビターチョコレートのようなファンタジーです。