NHKの大河ドラマ『篤姫』の原作、
『天璋院篤姫』を書いた宮尾登美子さんの最新作です。
帯には「構想三十年 渾身の長編小説」「宮尾文学の集大成」の文言。
長年の宮尾ファンとしては、読まないわけにはまいりません。
宮尾さんの作品には、『櫂』や『朱夏』などに代表される《自伝もの》、
『序の舞』や『松風の家』などに代表される《芸道もの》、
さらに『天璋院篤姫』をはじめ『東福門院和子の涙』、
『クレオパトラ』などに代表される《歴史もの》などがありますが、
今回の『錦』は、ひさびさの《芸道もの》。
明治から昭和にかけて織物を創作美術の域にまで高めたといわれる、
一人の工芸家をモデルに、その生涯を描いた一代記です。
主人公は、明治9年、大阪・南船場に生まれた菱村吉蔵。
両替商・菱村、通称《菱久》の跡取りとして生まれ、
何不自由なく育てられた吉蔵の運命は、16歳で一転します。
《菱久》が没落し、一家は離散。
吉蔵は親子三人の暮らしを立てるために学校を辞め、
京都・西陣で帯用の黒繻子を売り歩く呉服商をはじめることに。
これが、吉蔵がその後の人生をかけることになる、
織物の世界への第一歩でした。
18歳で独立してから31歳で《菱村織物》を立ち上げ、
斬新な織物を次々に開発して高い評価を得た吉蔵でしたが、
もちろん、道は平坦ではありません。
模造品に悩まされ、苦楽を共にしてきた織工に裏切られ……。
数々の辛酸を味わいながら、なお研鑽を重ねた吉蔵の作品は、
芥川龍之介をして「恐るべき芸術的完成があった」と、
言わしめるまでになるのです。
そして、こののち吉蔵は、元大名の茶道具の修復をきっかけに、
法隆寺や正倉院の《古代裂》の復元でも功績を残します。
しかし『錦』は、単なるサクセスストーリーではありません。
ひとつの道を愚直なまでに突き進む吉蔵を経糸(たていと)に、
そんな吉蔵を支える三人の女たちを緯糸(よこいと)に、
才ある人を取り巻く人々の愛と哀しみ、人間の業までも織り込んだ、
宮尾登美子さんならではの重厚な物語です。
ちなみに、吉蔵のモデルは、
京都にある《龍村美術織物》の創始者・初代龍村平藏氏。
同社のホームページをのぞいてから読むと、
『錦』の世界がよりいっそう楽しめること間違いなしですよ。