この春、惜しまれつつ終刊となったブタの表紙の小冊子「子どもとゆく」。
私は20代のころからの読者で、
手のひらサイズの冊子は持ち歩いて電車の中などで眺めるのもちょうどよく、
また絵師やまちゃんが描く、毎号違うブタの絵が楽しみで読んでました。
終刊パーティでは、紙媒体での「子どもとゆく」は終わっても、
今後発展的な形で何かが始まりそう気配もしたし、
全国から駆け付けた人たちの熱気は会場からあふれそうでした。
本書は冊子「子どもとゆく」毎号の特集記事からピックアップして“おいしいところ”というか“子どもとゆくらしいところ”を編集したものです。
どんなところが「子どもとゆく」らしいかって?
スローガンもなく、お説教もなく、「こうあるべき」みたいな主張もなく、
子どもを先導するでも阻むでもなく一緒に行こう!という姿勢を貫いていたところかなあ。ある人は養護学校で、ある人は障害者の施設で、
ある人は不登校の子の居場所で、ある人は小学校で、
それぞれ子どもと向き合い、自分と自分をとりまく環境や人々のあれこれを、
日記調だったり、エッセイ風だったり、インタビュー形式だったり、
口調や文体もまったく自由に語ってゆきます。
著者たちは、子どもの居場所をつくる人、いろんなハンディを抱える子どもを支える人、在日のミュージシャン、教員、塾の先生、農家、脚本家・・と多彩な顔ぶれで、
みんな一癖も二癖もある個性的な方々なので
「いい子ってこうだよねー」という、
私たちが学校やメディアから、知らぬ間に刷り込まれているステレオタイプの子ども像を疑うことから出発しているから、ここでは一般常識は通用しません。
たとえば私たちの一般常識が
「ひきこもりを克服して社会に出ていくことがよいこと」
だとすると
「できるんならやってれば(ひこもってれば)?」
と言っちゃうし、
「引きこもりを定義して大騒ぎするのは、おおかたケースワーカーやカウンセラーの雇用創出のためじゃないの?」なんてことまでするりと語ってしまうのです。
「あきらめたら幸せが始まる」と子供たちに言うのも
一般的にはナンセンスかもしれません。
でもここに集う面々は平気で言っちゃう。
だって「努力したら必ず偉い人になれるよ」なんて言葉、
今の時代、すでに滅びちゃってますよね。
子どもたちにとっては希望を抱きにくい時代なのかもしれない。
でも子どもたちに寄り添い
「特に君たちの役にもたたないけど、一緒に行こうよ」
というスタンスの大人がいてくれる、そのことだけでも
暗闇に一筋の光が差し込んでくるような、
まだまだ世の中捨てたもんじゃないと思える希望のような気がします。
子育てに悩むママ・パパも、キミたちのことはわからないっていう学校の先生も
本書を読んで、物事はタテからもヨコからもナナメからも見てみると
自分とは違った考えや意見があるんだなあ〜って気付いたら
毎日がちょっと楽になってハッピーになるかもね。