草原に立ち花を持つ二人の少女―こののどかで美しい写真の表紙から、
この子達の住む国がほんの数年前まで戦禍の中にあったと
誰が想像できるでしょう?
「どうして戦争が起こったの?ふつうの人は誰も戦争なんかしたくなかったのに」
でも、気がついたら戦争は始まっていた。
きっといつの時代もそう。
日本だって日露戦争のときも第二次世界大戦のときも
「誰も戦争なんかしたくなかった」はずなのに、
気がついたら戦争は始まっていて
男たちは徴兵されていった。
誰かが煽ったために、
国家同士の小競り合いや軍需産業で私腹を肥やしたい一部の人間のために、
多くの一般市民が犠牲になってゆく。
本書の主人公エミナは戦争のさなかに生まれました。
ボスニア・クロアチア・スロヴェニア・マケドニア・セルビア、モンテネグロ・・
かつてユーゴスラヴィア連邦と呼ばれたこの地域には、
6つの民族、3つの宗教、4つの言語が混在しています。
クロアチアとスロヴェニアは1989年に独立。
エミナの住むボスニアは
イスラム教徒のボスアニク、
セルビア正教徒のセルビア人、
カトリック教徒のクロアチア人が共存し、
「民族のモザイク」と呼ばれていました。
「民族浄化」の名の下に
1992年から1995年にかけて大きな戦争があり、
25万人もの人たちが亡くなりました。
遺体を収容しきれず、サッカー場をつぶして作った墓地の写真の
真っ白な墓碑が並ぶ様はなんとも胸がつぶれそうになります。
エミナのお兄ちゃんエルディンがつくった粘土細工が
地雷原で地雷を踏んで血まみれになっている靴だということも。
この戦争は私たちにとって遠い国の出来事?
多民族国家だから起こった戦争なの?
そんなことはないのです。
戦争が始まる前の50年間、
人々は自由に交流し
たくさんの混血も生まれ
言語や宗教が違っても共存してきたのです。
「どうして戦争が起こったの?ふつうの人は誰も戦争なんかしたくなかったのに」
11歳の少女エミナの言葉は、
そのまま私たちの気持ちに重なると思いませんか?
昨日までの隣人が敵国の人間になってゆく。
どうしたら戦争がなくなるのでしょうか?
平和の種―そのひとつは
クウェーカー教徒の団体の支援によってつくられた「コミュニティ・ガーデン」。
民族の違う人たちが安心して交流できるよう配慮され
共同で作業をすることも多いガーデンで
人々は戦争で負った心や身体の傷を
エンパワメントしています。
自分たち自身で明日への希望を紡いでいるのです。
エミナも家族や近所の人たちと力を合わせ、
種をまき、野菜をつくっています。
そこでひとつ年下のセルビア人の少女ナダと仲良くなります。
ついこの間まで敵国だったセルビア。
でもナダは「セルビア人」「ボスアニク」「〇〇人」と
集団の名前でひとくくりには出来ない大切な「友達」。
どうしたら戦争がなくなるの?ということに
エミナはひとつの答えを出してくれています。
「やっぱり、みんながともだちになることだよね。
国や民族がちがう人たちとも、意見がちがう人たちとも、
いっしょに楽しいことを、たくさんすればいいんだ」
いっしょに楽しい時間をたくさん過ごした相手を敵には出来ない!
顔のみえる関係、所属する集団や国家に関係なく
人間同士として相手と交流すること、
それが戦争を防ぐ重大な鍵になりそうです。
私が本書に興味をもったのは、
クロアチアやスロヴェニアを旅したときのことが
頭から離れなかったからです。
美しいクロアチアの都市のあちらこちらで、
砲弾で穴があいた城壁や復旧中の道路や建物、
花を植える準備をしているプランターなどを見かけたのです。
当時、首都サラエヴォのあるボスニア・ヘルツエゴヴィナは
まだ混乱の中にあり入国できませんでした。
今回美しくたくましく蘇りつつあるボスニアと
まだまだ時間がかかるであろう深い心の傷跡を
感じました。
小学校高学年向け課題図書となっていたようですが、
「たった43ページの本なのに読後涙がとまらなかった」
というのは大人のほうに多いみたい。
ぜひぜひ手にとってみてくださいね!