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ひらひらとした華のあるコスチュームを颯爽と着こなす、相澤佳代子さん。オペラ歌手といえば、ふくよかで迫力のある方かと思っていたら、モデルのようなほっそりとした体型。表情や内面から醸し出されるきらきらとした輝きは、どのように培われたものなのでしょう。海外での経験と、その支えになったもの、これからの生き方をうかがいました。

―― オペラの道を志されたのはいつからですか。
高校1年のときです。学校のニューイヤーコンサートにウィーンの管弦楽団とオペラ歌手の方が来られて、ヨハン・シュトラウスのオペレッタを華やかに歌いあげるのを見て、自分もそうなりたいと思ったんです。それから毎週、東京にレッスンに通うようになりました。
その頃は、オペラ歌手になりたいとは思っていたけれど、たぶん無理だろうと。音大に入って勉強できたらいいな、というくらいでした。
―― それが海外で活躍されるように。
大学院を卒業してから、ドイツを拠点に個人レッスンを重ね、オペラやコンサートなどで各地を移動していました。仕事やオーディションの連絡が、ドイツのエージェントから入ってきていたので。
ニューヨークのメトロポリタンオペラには、2カ月いて。オーディションを受けて入った、トロントのロイヤルオペラには1年弱。その間も、コンサートやオペラ公演のためドイツと行き来していていました。海外では、一定の土地にいることはないんです。
―― 高校生のときの夢も、かないましたね。
ほんとうに。去年、ドイツのニューイヤーコンサートで、ヨハン・シュトラウス管弦楽団の演奏で、オペレッタを歌うことができました。留学すれば誰もが海外で歌えるというものでもなく、舞台に立ちたいと思ってもなかなか叶うものではないのに、ほんとうに機会に恵まれました。
演奏家とは、その演目でしか会えませんが、フレンドリーな人が多くて。言葉がわからなくても、関係なく話しかけてくるんです。おかげで、語学が上達しました。共通語は英語ですが、演目によって、ドイツ語になることもあります。話せるのは、ドイツ語、イタリア語、英語。日本語が、いちばん危ない感じです(笑)。
―― 海外でのご経験も豊富ですね。
初めて海外に行ったのが、高1のとき。アメリカへの短期留学でした。外国人を目の前にするのも初めてで、ホームシックになって。毎日のように泣きながら、父や母、祖母にまで電話していました。
音大に入ってから、夏休みにザルツブルクのサマーアカデミーに行きたいと両親に相談したときも、「ホームシックになるんじゃないの?」と心配されたけれど、このときは本当に楽しくて、それからは平気に。
いろんな国を歩いて思うのは、つねに笑顔でいることの大切さです。言葉が話せなくても、あたたかい心があれば、わかりあえるので。
―― 海外と日本の違いを感じますか?
いちばんの違いは、お客さまの反応の違いです。海外では、感動したら拍手もあたたかいし、盛り上がり方が違います。お客さまを喜ばせるために音楽をつくっているので、スタンディング・オベイションだと、本当にうれしいんです。日本では、あまりありませんが。
アメリカとドイツでも違っていて、カーテンコールの時に国民性が出ます。うまくできたらブラボーだけど、ダメだと思ったらブーイング。YES、NOが、はっきりしています。そのほうが、むしろラクなんです。本当はどう思っているんだろうと、悩まなくてすみますから。

―― ご親族にも音楽関係の方が?
いえ、まったく。芸術家の家庭ではないのに、よく支えてくれたと思います。両親からは「いいものを見て、感性を養いなさい」と教えられました。音大受験のときから「本物の美しさが演奏のプラスになれば」と、数えきれないくらい宝石をプレゼントしてくれて。不思議なことに、それを身につけると、大事なオーディションで必ず成功するんです。
初めてのオーディションのとき、海外の人から「Kayokoは下を向いて歩かない。日本人じゃない。出てきた瞬間から太陽だと思った」と言われました。これだけ練習をしたのだから早く聴かせたいという思いもありますが、その宝石に守られている気もするんです。体の調子が悪くて熱があるときでも、宝石を見ると一瞬気分がよくなります。
私も子どもが生まれたら、宝石をプレゼントしてあげたいと思っているんです。両親がしてくれたように。
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