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真綿にふわっと包みこまれるような、やわらかな声の渡辺祥子さん。多忙な日々を過ごしているにも関わらず、肌はつややか。とても楽しそう。なにごとにも積極的でありながら、心の奥底にふかく響く “言の葉”をとらえていく繊細な感受性は、哀しみや苦しみを一つひとつ乗り越えてきたからでもありました。渡辺さんの心のひだにあるものとは……。

―― お忙しい毎日でしょう。
おとといまで台湾に「掃除に学ぶ会」のボランティアグループと行って、掃除のよさを実感し学び合う活動をしていました。今日は、渡り鳥のガンを保護する市民団体の方との打ち合わせを、さっきまで。
その日によって、打ち合わせが夜10時までかかることもありますし、生活はものすごく不規則です。ほとんど休みはありませんが、仕事そのものが遊びのような感覚なので(笑)。
もともとオン・オフという考えがなくて、土・日に遊ぶために平日働くということは考えらないんです。すべてが自分にとってプライベート。その中で癒し、そこで仲間を増やす。仕事も楽しめるように、エンジョイしたいと思っています。
―― つねに走り続けているように見えます。
どんなに元気そうに見えていても、誰しも弱いもの。私自身、不安定な気質なので、なんとか安定させようとしているところはあります。
フリーは立場が安定していませんし、仕事で納得していないときもあります。忙しいときはゆっくりしたいと思っても、いざ時間が空くとあせってしまうこともあって。けっこうネクラというか、踏ん張れないことがあります。
これまでも気分が沈んで、ベッドから起き上がれないこともありました。過食症になってパンを一斤食べてみたり、お箸を持つ手がぶるぶる震えたり。ラジオで話しているとき、ふっと涙が出てくることもありました。そんな状態なのに、マイクの前で「今日も一日元気で!」と呼びかけている自分がいるんです。こんなのウソだ、ウソだ、と思っていました。なにか支えになるものを求めて、言葉を探していたんです。
世の中には、私みたいな人もいるんじゃないか。なにか助けになるきっかけになれたらと、自分の心に響いたメッセージを伝える、言の葉アーティストの活動をするようになりました。
その活動である自主企画の舞台公演も、例えば、県民会館の1600席を埋めるのは、とほうもない数。投げ出したくなるときもあります。それでも、続けていると、人に対しても、自分に対しても、自信になります。信じられる人がいたら、こんなにも勇気づけられる。それを伝えたいのです。
いまはズブズブと沈んだ状態にはならなくなりましたが、人間は弱いので、つい哀しいほうに引きずられます。そんなときは、あえてプラスに転換しようとせず、そのまま受け入れるようにしています。その状態も、何か意味があると思うので。

―― 子どもの頃は、どんなお子さんでしたか。
おとなしくて、人見知り。学級委員をやりたくても、自分からは手を挙げられないような子でした。いまでも手を挙げられないかもしれません。大学を卒業してすぐ入った会社で体をこわしたのも、自分からアプローチできない性格なのに、営業という仕事で自分をしばったから。
いまは考えや活動に共感して推薦してくださる方がいるので、その苦労はなくなりました。アプローチはできないけど、チャンスをもらったら150倍くらいにして返しちゃう。積極的に思われるけれど、ただただ喜んでいただけるように、がんばっているだけなんです。
―― ムダな時間が、その人をつくるといいますが。渡辺さんにとって、ムダな時間とは?
自分の行動を見ていると、ムダばかりです。お金になるかといえば、お金にならないことばかり。自分でお金を払って、時間をかけて、なにも考えず、感動を味わいたいと思うほうなんです。
「ボランティアってなんだろう」と思えば、インドのマザー・テレサの施設まで飛んで行く。『源氏物語』を読もうと思ったら、滋賀の石山寺に行ったり、京都を歩いたり。机の上で勉強するより、すぐその場に行きます。
「The Great Wing〜渡り鳥・雁のゴーマーの物語」のCDのきっかけもそう。この物語を知って、どうしても紹介したいと思ったら、日本では絶版になっていました。紹介するには作家に許可をもらうしかないと、とにかくニューヨークに原作者を訪ねました。それが、初の朗読CDへとつながったのです。
あのとき動いてよかった。いつも後になって、そう思います。
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