
きものと20歳を過ぎて関わり、会社勤めの経験もないBOSSが、いきなりキモノショップで起業した。そのベースになったのが、小さいころからキレイなモノを見てきたこと。2歳ぐらいから、キレイだなと思う化粧品のビンを箱に集めていた。
「広い世界で美しいものを見て育ってね、と名づけられた」という宏美の名前の通り、お母さんと美術館で絵や写真を見て歩くことも多かった。早くから布の色あいやデザイン、素材にも引かれていた。
自分で作りたくなったのではと聞いてみると、「巾着を縫ったら、袋が開かなかったりして、作れなかったんです」と、お裁縫は苦手のよう。だからこそ、スタッフの存在がありがたい。
「私自身は縫えないし、絵も描けない。手伝ってくれる人がいて成り立ち、応援してくれるお客さまに支えられています」
専門的な知識も技術もなく、あるのは美をとらえる感覚だけ。そこから、自由な発想の商品が生まれる。専属スタッフは縫い子の2人で、なかには家業を手伝っているスタッフもいて、全員でのミーティングは月1回。ちょこちょこ行う打ち合わせのときも、「こうしちゃって、いいんじゃない」という言葉がよく飛び出す。
BOSSとの出会いがきっかけで絵描きや縫い子をはじめたスタッフもいる。「そんな初心者がほしいものを作りたい」と思っている。

お店でも、お客さまがほしいと思ったものが商品化のヒントになる。接客は、時間をかけて、妥協なく、コーディネートを考える。お客さまがすでに持っているものとアレンジできるようにと考えることもあり、1人に軽く1、2時間はかかる。
「何色が好きかは聞きません。持っている小物とか、お店に入ってきたときの雰囲気でわかるから」
一度会えば、顔も、話した内容も、たいてい覚えているのもBOSSが信頼されているところ。扱う生地も増え、アイテムも増えてきた。革の帯、ファーの帯など、素材も形も無限大であることに気づいて、アレンジの幅がどんどん広がってきた。

お客さまとのやりとり、スタッフとのやりとりを通して、BOSS自身も少しずつ変わってきた。
「自分が好きになりました。失敗してもいい、とりあえずやってみようと自由になれたから。みんなとは違う、ちょっとはずれた道を歩んでいるのをヨシとして、自分で人生を動かしていこうと思うようになりました。前は、考えていても動けなかったり、動いても自信がなかったり、フラフラしていたけど、23歳から責任が全部自分にきたことで成長しました」
そしてまた、パートナーを得たことでさらに心が安定した。いままでは容量以上のオーダーが入ると、一人で抱え込むこともあった。どうしようと思ったときも、知っている範囲でしか対処できなかった。
「彼がアパレルを経験しているので、相談にのってもらえるのが心強い。解決策が見つけやすくなりました」
普段は「変わりもの」呼ばわりしているパートナーだけれど、いちばんの心強い味方でもある。

店舗をリニューアルオープンして順調なBOSS。これからのビジョンを、どのように描いているのだろう。
「今はキモノ屋をやっているけど、中医薬膳師の資格を生かして飲食店も考えています。そういうお店が仙台にないから、30歳前くらいには、と。その時期は元手となる費用というより、タイミング。キモノをもう少し広めてから、違うものに取りかかりたい」
BOSSが考えているのは、ライフスタイルの楽しみ方をトータルに提案すること。新しい文化を創りだすことに重きをおいている。キモノ文化を広めたら、次は新しい食文化の提案。20代前半に模索していたことが、少しずつ形になろうとしている。
「仕事とは思っていなくて、それは生き方」とBOSSが言うとおり、収入よりも、自分がやりたいことに取り組んでいく。
新しい文化を創っていけるチャンスの多い街。自分が発信し、少しずつ根づいていることを実感できる街。それが、いま仙台にいる理由だ。
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