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すらりとした容姿に、女性らしいビジネスファッションで現れた細川麻里さん。2社で経験を積み、大学院で学んで、いまの職場が3社目になる。果敢なイメージかと思ったら、上品で気さくなOLさんという感じ。仕事中心の20代を経て、「仕事と結婚」を現実のものとして考えられるようになったといういま、働くスタイルと心境をうかがった。

荒波へ飛びこんでいく感じ、とでも言ったらいいのか。細川さんのプロフィールからは、“挑戦をいとわない冒険者”らしいことがわかる。
大学を卒業して、東京で働いていた3年半は、販売スタッフへの商品プレゼンテーションを行うインストラクター業務だった。関西や中国、四国エリア担当として、東京から各地へと飛びまわる。ハードだったのだろうけれど、その頃の思い出がまた、あっけらかんとしている。
「いろいろな地域に出張して人前で話していると、気づいたことがあるんです。地域ごとに好まれる話し方というのがあって。話し方ひとつで、こんなにも反応が違うんだなあと思って」
どんなことにも何かを発見し、それを楽しむところが細川さんらしい。
その次に飛びこんだのは、仙台のコミュニティFMだった。アナウンス経験も番組づくりの経験もない、まったくの素人にも関わらず転身したのは、「おもしろそう!」という気持ちから。
とはいっても、開局したばかり。これから体制をつくっていく段階で、新人の立場に甘えられる状況でもなかった。さすがにショックを受けた。それでも、生放送や収録番組を担当し、地域で活躍する人や子どもたちへの取材も経験する。
取材するうちに、地域の活動をもっと知りたいと思うようになった。それもビジネスではなく、地域に還元できることで。そこで今度は、宮城大の事業構想学研究科の1期生として学ぶ。

人から紹介されたいまの会社は、産学官が連携する機関。業務内容を聞いても難しくてよくわからなかったけれど、事業の新しさに惹かれた。社員は、企業や官庁からの出向者が大半で、2〜3年で異動していく。誰もが手探りの状態だった。
それから4年。いま細川さんは女性の中ではキャリアも年齢も上から4番目になった。
担当するのは、人事・労務関係、取締役会や株主総会の準備や日程調整、社内規則の制定、施設管理全般、消防訓練の参加、テナント企業との親睦会など。このほか、突発的なことも多い。共有スペースの電球が切れたら、脚立を持って付け替えに行く。雪が積もれば、スコップで雪かきもする。電気エースの交換のため、真夜中の2時から夜通しで作業に立会ったこともある。テナント企業との親睦を兼ねたパーティでは、オープンキッチンでスープも作る。
「スペシャリストより、ゼネラリストでなければならないんです」
幅広く知り、対応するところに、楽しみが見つけられるという。

だから、細川さんはどんなことにも好奇心いっぱい。
「自分が興味のないことでも、やっているうちに、おもしろさが増してくるんです。例えば労務関係の手続きをするうち、自分の年金のこともわかるようになり、ケガや病気で休職したときの対処法もわかったし、生きる知恵がつきました」
どんな業務も、自分でシャットアウトしてしまわないように心がける。手間をかけないラクさより、手間がかかってもおもしろさを見出す。
やることが細々とたくさんあって、頭がいっぱいのときも、いかに効率よく楽しむかを考える。そこで使い始めたのが、チェックパッド。自分でやることリストを入力し、業務が終われば消していく。
多いときは40項目くらい、ずらりと並ぶ。それを消していくときが、スッキリ快感なのだとか。これも、自分に合う方法を取り入れたものだ。

さまざまな業務に対応しながら、アットホームさも心がけている。食関係のテナント企業から、研究成果として果物をもらえば、カットしてみんなで食べる。おすそ分けになめこをいただいたときも、女性陣でお味噌汁を作って社内に配る。いただいた企業には、写真とともにお礼を伝えることも忘れない。
テナント企業の社員さんと顔を合わせればおしゃべりし、協賛イベントで知り合った人とも気さくに話す。そんなやり取りから、社外の人との交流も増え、一緒に英会話教室に通ったり、誕生会を開いてもらったりするようになった。
会社が中心部から離れたところにある細川さんに、街なかで働く知り合いから「南吉成のハイジ、山から下りておいで」と声がかかる。
たぶん、時間に追われて働き続けていたらあり得なかった、社外の人との交流。それも、心のゆとりにつながっている。
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