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可憐で、きゃしゃで、おっとり、つい守ってあげたくなる。それが、川崎けやきさんの第一印象。Blogで接する、ちょっぴり男前なところもある性格とのギャップに、ますます惹きつけられる。グランドホステスとして働いた後、自分ブランドを立ち上げるために転身したのが、29歳のとき。意外に、大胆で、志のある、けやきさん流の働き方とは?

街のお店を見ても、シンプルで上品なけやきさんのジュエリーは置いていない。あるのは、Web上にもうけられたZelkova.Kのサイトだけ。そこで作品を見て、こういうのが欲しいなと思った人が申し込み、デザインのイメージや素材などを打ち合わせて、製作、納品となる。お客さまと顔をあわせずに納品まで行くのが約4割。あとの6割が、クチコミや紹介された人たちになる。
「多量に仕入れてお店に卸すより、ご注文いただいた方に、自分のできる範囲でお手伝いできたらと思って」
あくまでオーダーメイドにこだわるのが、けやきさんのスタイル。オーダーが重なってしまうときも、もちろんある。そんなときは、申し訳ないと思いながら、正直に伝える。
「いまはこういう状態なので、○カ月かかります。それまでどうか楽しみにお待ちください」
既製品では得ることのない、自分好みのものを求めてお客さまは申し込んでくる。そのとき、お客さまと同じ気持ちにたつことが大事。お客さまが気おくれすることなく、軽い気持ちでジュエリーをオーダーできるように。心のこもった対応になるように。けやきさんは、いつもお客さまの気持ちに寄りそっている。

ジュエリーデザイナーへと気持ちが傾いたのは、グランドホステスをしていた頃。ある日、カウンターでお客さまに尋ねられた。
「あなたの指輪、素敵ね。どこでお求めになったの?」
そのとき、けやきさんの指にきらめいていたのは、既製品のリングだったけれど、自分のセンスをほめられた気がした。自分の感性で人を喜ばせられる、ジュエリーデザイナーになりたい。なれるかも。なろう。その気持ちに、純粋に行動した。
航空会社を辞めて、東京の彫金専門学校で学ぶことを決めた。東京に住むのも、彫金も初めて。
「いま考えると、思いきったことをしたなと思いますが、自分を信じてがんばろうと心を決めて、東京に出ました。そのときから、ジュエリーデザイナーになれると思っていたんです、なんの疑問もなく(笑)」
ばくぜんとした自信と航空会社での経験が、なによりもの支えになった。東京では、昼は派遣社員として働き、夜は彫金の専門学校に通い、‘遅寝早起き生活’を続けて、ジュエリーコーディネーターの資格を取った。

資格を取ってからも派遣社員として働き続けた。それは、経済的な安心感が大きかったから。けれど、もやもやした気持ちもあった。
「職業はなに? と聞かれても、ジュエリーデザイナーと言いづらくて。別の仕事をしながらジュエリーをつくっているのと、ジュエリーデザイナーとしてやっているのとでは、自分の意識の持ち方が違います。お客さまの信頼も大きくなるし。実際に二足のわらじでやっていたときより、仕事量は圧倒的に増えました」
HPを立ち上げて1年。お客さまは東京、関西、仙台、そして海外にも。つねに10人ほどのお客様のオーダーを同時進行している。その時々の状況によって働き方も変わるため、週休○日といった規則的な生活とは無縁。時間も、とりかかると区切りのいいところまで続けるため、長時間になる。削る工程であれば、削りぐあいのテイストが変わるのを避けるため、小休止の休憩しかとらない。そんな日常の集中力と緊張感をほぐすため、月曜はフラダンスを習って体をほぐし、水曜日はお得なレディースデーを活用して映画で心をほぐす。

仕事のペースづくりのほかに心がけているのが、お客さまの話をよく聞き、できるだけ早く求めているものをくみとること。そのためには、まずお客さまに心を開いてもらうことが必要になる。距離感を縮め、信頼を深めるために役立っているのがBlog。
「Blogを書くようになると、HPへのアクセスも増えてくるんです。最初は自分の写真をのせるのはちょっと……と思ったんですけど、名前や顔をきちんと出し、自分らしさを出すことで、信頼度が高まると知ってからは、写真も入れるようになりました」
Blogでは、思ったこと、感じたことを、率直に表現する。人となりが伝わるから、読んだ人は頼みたくなる。
「世の中にはこんなにたくさんジュエリーが売っているのに、次も頼むねと言われたときが、本当にうれしいんです」
やりとりの中で生まれた信頼と満足感も、次につながっている。
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