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清潔感のある着こなしに、顔を明るく見せるインナー。そこに、アクセサリーのようなスプーンが揺れているのが、久田智子さんの定番スタイル。つい話しかけたくなる人柄で、会話が次々とはずんでいく。けれど、入社した当時は、かなり気負いがあったのだとか。その転機になったもの、そして、いまキャリアを積んだからこそ見えてきたものとは……。

食品メーカーで販売や広報にかかわる仕事は、最近人気の分野。それを16年前から担当している久田さんは、社内でもさきがけ的な存在になる。いまは営業スタッフに同行して、スーパーのバイヤーなどに季節の素材を使ったメニューや、エリアの行事に合わせたメニューを、自社商品を使って提案している。
「この時季なら、春キャベツや新たまねぎ。おいしく食べるなら、この商品で、こんな調理法に、といった感じに。バイヤーさんがお客さまに店頭でどう伝えたらいいか、食材と商品の組み合わせを提案しています」
久田さん自身が直接、お客さまに働きかけられないのが、難しいところ。“こう食べるとおいしい!”と久田さんが思っていても、営業スタッフは“この時季なら、こっちの商品を売りたい”と思っているかもしれない。まず営業に共感してもらい、次にスーパーのバイヤーに共感してもらい。そうして、はじめて最も伝えたいお客さまに伝えられる。
営業もスーパーのバイヤーも男性が多く、料理に縁遠い人が売り場をつくっているケースがほとんど。お客さまは家庭の主婦で、まったく違う感覚で見ているかもしれない。「その橋渡しになりたい」と久田さんは考えている。売り場こそが、商品とお客さまが出合う場所だから。
久田さんが、確実にお客さまに伝えるために大切にしているのは「自分自身が納得していること」。その思い入れがなければ、ワンクッション、ツークッション、浸透させていけない。

久田さんが料理に興味をもったのは、小学校に入ったころ。母親に作り方を聞きながら、手伝う子だった。ドーナツづくりのお手伝いから一歩進んで、自分でクッキーを焼くようになるのは小学3年生のとき。ただの小麦粉が、市販のクッキーと同じような形に変わることに感動した。
そのうち、お菓子づくりは料理づくりへと広がっていく。父親のおつまみにササッと炒めものをつくって出すと、「おいしい!」と言って、近所の叔父さんのところまで持って行ってくれる。「こんなに喜んでもらえるんだ」と、うれしくなった。
中学・高校へと進むと、ますます食に関わる仕事をしたいと思うように。料理学校の先生にも憧れていた久田さんにとって、料理学校などを訪問しての商品PRする仕事は、やりたいことそのものだった。

物おじしない性格で、入社して1〜2年はずっと料理教室をメインに飛び込み。「お酢の勉強会や料理講習会を開きませんか」と勧めてまわる。メーカーが訪問しただけで敬遠されがちな公共の施設の扉もたたいた。
「一日に何人も、初めて会う人に思いを伝えるエネルギーは相当なもので、いま考えるとがむしゃらでした」
東北地区で、はじめてできた広報課。それを担うのは自分ひとり。そんな思いから、自分ががんばらなきゃと思った。もともとグチるタイプではなかったけれど、もしも家族に「仕事が大変だ」と言ってしまったら、自分自身が悲しい人になってしまう気がして言えなかった。
もうひとつ、仕事の現場でなかなか言い出せなかったことがある。それが商品のPRだった。せっかくこぎつけた料理講習会やお酢の勉強会で、商品PRをすれば、いかにも物を売っていると思われるのでは、と思っていた。社内の空気も、ただひとりの栄養士は、物を売る人ではなく料理をつくる人というイメージで見られていた。

ところが、講習会で会ったキャリア豊富な管理栄養士さんに言われた。
「商品のよさをアピールすることを、嫌な仕事だと思っちゃいけない。良いものを伝えるのは義務だから、どんどんPRしていかないとね」
そのひと言が転機になった。良い商品をPRすることこそ大事なこと。では、何をどうすればいいんだろう。
東北は、もともと酢の文化がない。低温で醸造できる味噌や醤油を使うことが多い“塩の文化”。食生活や食文化は、その土地の歴史や風土が関わっている。それが、塩分摂取量の多さにもつながっている。それなら、東北では減塩の効果を伝えよう、と思った。
「うすい塩加減でも酢を入れると塩味が生き、少しの塩でおいしく感じられます。レモンもいいけれど、お酢なら低価格で日持ちもしますよ」
伝えたいのは、お酢を使うことによるメリット。お客さまの生活が豊かになり、またその家族がおいしい料理を喜ぶ。それが、結果として売上につながるから営業と同様に自分にとっても売上が大事だと気づいたのは、入社2〜3年目のことだった。
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