
時代が変われば、生活スタイルも変わり、消費者のニーズも変わる。使う素材とメニューが同じでも、「レンジを使えば、ひと手間ラクになる」といった簡単な調理法も求められている。
家庭で、どんな思いで、どういった料理がつくられているのか。そこをきちんと把握してメニュー提案や商品づくりに生かすことも、食品メーカーの栄養士として大切なこと。営業が気づかない部分に、きちんと気づくことが久田さんの役目になる。
「そこで欠かせないのが、自分も消費者として季節を楽しんでいること。家族を喜ばせる料理をつくっていること。そこから、メーカーとしてどんな商品づくりが求められているかを考えます」
入社したころを振り返ると、メーカーとしての視点が足りなかったと反省する。その視点がないと、営業にちゃんと伝えられない。自分には関係ないと思っていたことこそが大事だった、と今になって思える。

もしかしたら自分から壁をつくっていたのかな、と思いもする。社内では、「私の仕事だから私がやる」と自分が切り拓いていかなければ、と気負っていた。キャリアを重ねたいまのほうが、かえって「これ手伝ってほしいな」と言えるようになった。業務は違っても同じフロアにいる仲間。お互いに補いあえる関係になってきた。
「時間が経つごとに、いい関係になって、社内で信頼関係ができた。やわらかで、穏やかな気持ちになって、こんなふうにしていこうよと自然体でいられる。肩の荷をおろすことで、かえって、やらないといけないことに気づけるようになった」という久田さん。
そんなふうに変われたのは、9年前に結婚してから。それまでは、考え方が違ったら、目的もベクトルも合わせられないと思っていた。けれどいまは、手段や見方が違っていても目指すものが同じなら、それでいい。違っていたほうがおもしろいし、豊かだと思えるようになった。

キャリアを重ねてきたからこその、やわらかさ。その空気をまとったうえで、自分自身が暮らす中で感じた「こういうの、あるといいな」を社内で提案していく。
「求められていない発言をしていくのもエネルギーが必要ですが、自分をこう役立ててもらえば、と社内広報することも大事ですから」
自分の仕事にことさら意味があると言うつもりはないけれど、自分がいることで会社に地方の情報が伝わり、その情報を会社が生かすことができる。自分も、ひとりで活動するより組織の一員だからこそ広域にわたって情報を伝えることができ、社会に関われる。
「組織の歯車でいいと思うんです。自分自身が、まわる歯車でありたい。そうすれば、隣の歯車もまわる。隣がまわれば、自分と接点のない歯車もまわる。それで会社がまわっていくから」
自分の立場と役割を、きちんとわかって働く。それでも「まだまだ、できてない」と言う。働きやすい環境は整ってきていて、やるべきなのに、自分はやっていないと思う。
「だから会社を辞めないでいるんだと思います」

そんな久田さんのライフビジョンは、日々を楽しむこと。
「毎日が、しみじみ楽しいのがいい。それが、いま思いつく一番めざしたいこと。周りにいる人を大事にすることが、毎日の充実につながるのかなと思います」
いつもワクワク、イキイキ過ごすことと、食には深いつながりがある。久田さんが育った家庭が、そうだった。子どものころ、祖母が営む食堂によく親戚が集まった。
「親が宴会をしたくて集まっていたんでしょうけど、1学期が終われば通信簿を見せあって食事を囲んだり、3月はおひな祭り、4月は入学式、5月は子どもの日と、毎月のように。つくったものを持ち寄って、宴会で大人が楽しくお酒を飲んで、子どもたちが楽しく走りまわっていました。東北が好きなのは、家族が好きだから。好きな人たちがいるところだから。私にとってそれは東北だけれど、鹿児島の人なら鹿児島がいいと思ってほしい。その土地にあったものが、暮らしている人につながっていると思うから」
いまもメニュー提案するとき、楽しい食卓が囲まれることをいつも想像する。キャリアを重ねていくには専門的な知識や技術も重要だけれど、なにより大切なのは「楽しい食を」という思いなのだった。
|