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和の雑貨屋さんのような雰囲気のキモノショップHORONIC。目の覚めるようなブルーのキモノで現れたBOSS佐藤宏美さんのえり元にはフリルがあしらわれ、幅の狭い兵児帯もカワイイ。装いはカワイクても、れっきとしたショップオーナー。20代前半に起業し、新しい文化を広めてきた原動力は、どこにあるのだろう。

いろいろなアイデアが浮かんだとしても、行動に移す人はあまり多くない。それを実行したのがBOSS。年上の人から、同年代の人から、「若いのにエライね。自分には考えられない」と言われる。そんなとき「みんなも、やればきっとできるよ」と思う。進もうと思ったとき、さえぎるものがなければ進めてしまうのがBOSSだから。
キモノショップHORONICは、キモノをキーワードに、洋服地からキモノを作り、着物地から洋服をつくっている。キモノ、帯、足袋、アクセサリーなどがそろい、デザイン、製造、販売を行う。自分好みにオーダーでき、全身を和のオリジナルアイテムでコーディネートできるのが特徴だ。
キモノで起業したけれど、BOSSときものとの関わりはそれほど早くない。
「成人式でも和装を着ていないんです。着付教室に行くまで、ゆかたしか着たことなかったくらいですから」
着付教室で習いはじめたのは、「いい女になるには、きものを着ないと」と思ったのがきっかけだった。はじめはカジュアルに着ることができず、どう着ようか、母親が持っているきものや、自分で買ったものなどを、ずいぶん試してみた。
何十万円もするものは着られない。なかなか自分に合うものが見つからない。そう思っていたころ、ちょうどアンティークキモノを楽しむムック本を見つけた。
「20歳くらいで着られる、身の丈に合ったキモノがあるじゃん」
ようやく自分の感覚に近いキモノを見つけたけれど、本で提案しているのは派手な勝負着。ジーンズをはいている友達と歩いても、浮いてしまう。もっとナチュラルに着られるキモノのお店があればいいのに。そんなお店がないなら、やるしかない。若い感覚のまま開業することに意味があった。
「若いうちの失敗はいくらでもやっていい。40歳ぐらいまでいろいろやりたい」と、23歳でショップをオープンした。

独立開業するときは、まず無店舗からはじめて、軌道にのったら実店舗というケースが多い。BOSSも当初は、その方法を考えた。
「ネット販売で、少し動かしてみました。でも、売りたいのはオーダー商品。小物はよくてもキモノは難しいなと感じていたとき、ちょうどいいサイズの空き店舗に出合ったんです。準備もなくいきなり始めたので、内装も自分たちで愛情こめた手作りになりましたが」
生地などを実際に見られる店舗を構えているキモノショップは少ない。そのため、新潟や東京からわざわざ来る人もいる。
お客さんにとってうれしいのは、手にとって見て、肌触りを確かめられることもあるけれど、もっとうれしいのはBOSSの見立て。
「キモノを着はじめたときは、好きな柄で選ぶ方が多いんです。でも、違うものが似合うときもあります。そのときは、こちらのほうがいいですよとはっきり言います。私自身がデザインして、スタッフが一生懸命に縫っている商品は、子どもみたいなもの。お客さまにも、本当に似合うものを手にしていただきたいですから」

仙台でオープンする前、名古屋で、東京で、キモノショップのことを話すと、「おもしろいね」と言われた。てっきり仙台でも同じような反応が返ってくると思っていたら、意外に反応は薄かった。
「『なにこれ? 見たことない』とか『こういうのは着物じゃない』と20代でも言う方がいらっしゃって、意外に保守的でした」
だからこそおもしろいと思った。普段着のキモノ文化の下地を作ることができる。自分から発信していけばいいと思うようになった。
いまオープンから3年。少しずつキモノに対する周囲の反応も変わってきた。「街で着ている人を見かけるよ」と言われることもある。大人の人も「若い人の感覚ね」と認めてくれるようになった。

みんながみんな普段着のキモノを認めてくれるわけではないことも、なんとなくわかっていた。それに気づかされたのが起業塾。
「会社に勤めたこともないし、社会のしくみもわからないので、経営のこと、原価の出し方を学ぼうと、自分のビジネスプランをプレゼンテーションする起業塾で学びました。コンサルタントの先生方20人の前で、商品のカワイサをアピールしながら、事業計画もプレゼンしました」
先生方から指摘を受けると、最初はへこんでいた。自分の甘さを痛感したこともある。一つひとつ自分にこれでいいのかと問い直し、勉強するうち、新しいことをはじめる芯の部分ができあがってきた。
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